断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

DX3付属シナリオ雑感

 土曜に、ダブルクロス3rdのサンプルシナリオをGMしました。
 プレイヤーは4人で、セッションは2時間半。
 終了後、隣でサタスペボードゲームが行なわれていたため、時間調整のため何人かで感想戦を行ないました。その席で、興味深い疑問が提示されました。それに刺激されて、自分の考えを整理したくなったので、ざっと書いてみました。
#以下、DX3付属シナリオのネタバレを含みます


・前提
 本題に入る前に、ここで言うF.E.A.R.系ゲームの私的な認識についてふれておきます。
 F.E.A.R.は数多くのシステムを出版しており、〜系という分け方自体が乱暴であることは重々承知しております。例えば自分が実際にプレイした中では、アリアンロッドはこの範疇から外れると思われます。サークルでもリソース管理に重点が置かれたシステムと認識されているようです。
 また、視点が(自分が属する)古め世代のゲーマーに偏っていることもご了承ください。長期に渡り、TRPGを遊んでいない時期があったので、思い込みもあるでしょう。その場合は、ご指摘いただければ幸いです。
 個人的に考える特徴としては、「PCデータの比重は戦闘データが高く、カスタマイズのためのデータが多数用意され、ページをカード状に区切ったフォーマットで記載されている」「付属シナリオはシーン制で記述されており、三種類ほどのフェイズをプレイヤーに明示しながら進めるスタイルを奨励している」「アーキタイプやNPCはキャラ立てが重視されており、ライトノベルやマンガへのあからさまなオマージュが少なからず見られる」「トレイラーやマスターシーンなど、プレイヤーのコンセンサスをとり、セッションを円滑に進めるための仕掛けの利用を勧められる」あたりです。
 これらの仕組みが何を目指しているかというと、「セッションで起こりうる事故をできる限り防止し、参加者全員が協力し合って楽しい時間を過ごせるようにする」「キャラクターで世界を記述することにより、初めての人でも元ネタを手繰ることにより、世界観や行動指針が捉えやすくなる」あたりに尽きるかと。そして、この方針は少なからぬ成功を収めていると考えられます。
 同時に、これはTRPGにおいて楽しみをもたらす要素をいくつか切り捨てている側面もあります。ネットの論考系サイトを読んでいると、時にF.E.A.R.に対する激しい反発意見を目にすることがあるのは、そのためでしょう。
 サークルの方では、アルシャードなどが出始めた頃に、付属シナリオを「そのまま」打つことにより、シーン制フォーマットに対する反発が煽られたことがあったそうです(その頃は休んでいたため伝聞)。これは相当に乱暴なやり方で、ハンドアウトによる行動の強制、強引なシーン切り替え、マスターシーンの無意味さをことさら強調するものだったようです。確かに「書かれていることを杓子定規に守ってプレイ」すればそうなるのでしょうが、そもそものデザイン意図がそこに無いのは明らかです。なので、実行した人たちの気持ちは理解できるものの、かなり意地悪なやり口なのは間違いないでしょう。
 この影響は現在に至るまで引きずっており、仮にシーン制が奨励されるシステムであっても、明確なシーンプレイヤーが指定されたり、GMの意志による唐突なシーン切り替えは、まず行なわれません。また、F.E.A.R.ゲーに対する若干の偏見も見られます。
 以下の会話内容は、そういった前提を了承した上でご一読ください。


・会話の一部(かなり意訳あり)
 #参加者は4人ほど

 
 「気になるのはF.E.A.R.のデザイナーたちが、仲間内で遊ぶときもこういったスタイルのシナリオをそのまま遊んでいるのかってことなんですよ。」
 「わかりませんが、コンベンションで不特定多数に対してGMするときはそうしているはずですよ。」
 「確かに、会報の〜さんのコンベンション参加レポートでもそんな感じでしたね。」


 「日本のTRPGは特殊で、洋ゲーのシナリオとはずいぶん違うと思うんだけど。」
 「洋物シナリオでも、ある価値観を前提とした組み方されているのは存在するでしょう?」
 「それに初心者にいきなり『ニャルラトテップの仮面』を渡して、『やれ』って言っても無理でしょ。」


 「デザイナーはたいてい、うちらと同世代かその上なので、仲間の間では違うんじゃないでしょうか。このシナリオはあくまでも、初めてTRPGを遊ぶ人たちでも楽しめるものを目指したのでは? 最初の記憶が楽しいものであることは重要ですし。」
 「それだったら、初めて遊ぶ人は、TRPGがこういう遊びだと誤認したままにならないかな?」
 「うーん、そのためのステップアップとして、リプレイやサプリメントがあるのではないでしょうか。それほど読んでないので断言はできませんが。」


 「(ルールブックを読みながら)このシナリオで提示される選択は、後への影響が皆無だろ。唯一、あるロイスをタイタス化するとエンディングが少し変るとされているだけで。それ面白いのか?」
 「だいたい、想定される事態への記述がなさ過ぎる。これ絶対事故るって。」
 「だからこそシーンを規定して、処理できないなら強引にうち切れってことじゃないかと。」 


 「デザイナーが『俺たちはこういったシナリオを楽しんでいるのだ。お前らもここまで上がってきてみろ!』ってのが欲しいわけ。」
 「お気持ちはわかります。さすがに、ステップアップの手段は考えて展開していると思うのですけど。」


・個人的な感想
 DX3の付属シナリオは、自分の視点では面白みに欠ける代物だと思います。
 謎があからさま過ぎて刺激が皆無。また、プレイヤーがお約束に乗って、GMに対し全面的に協力するという前提に頼りすぎです。
 PCが日常と非日常の狭間で揺れ、大切なものを救おうと迷ったあげく、喪失の危機にさらされる。そういう感情面にそったセッションを想定していることは理解できます。けれども、提示された目的に沿って行動し、意志を示すという前提はほとんど見られません。


 具体的に書くなら、ハンドアウトの時点で、PC1は守るべきものを与えられています。そして彼女も非日常に転がり落ちる可能性が、最初の情報収集でもたらされます。目的に乗っ取った行動を取るなら、PC1はUGNの協力を得て保護した上で、全てを話し理解を得て、安心させようとするでしょう。
 他のPCは犯人を突き止め、関係者を守り、ジャームを止めるという目的がハンドアウトにあります。ならば、上記のPC1方針に協力した上で、あからさまに怪しいNPCを常時監視下に置こうとするでしょう。
 実際のセッションで起きたのはそういうことです。
 それらは行動を伴う事件解決のための手段としては全く持って正しいものです。


 シナリオで想定されているPCたちの行動は、ハンドアウトで示された目的を追求するという視点から見ると、不条理です。
 PC1はうだうだして守るべき相手の悩みを引き延ばしているだけです。他のPCたちもミドルフェイズ開始時点で、容疑者や狙われていると想定される人物(PC1とその守るべき者)が明確なのに、徹底的な追求や、適切な保護には腰が重いのです。
 自分がプレイヤーの立場で、目的に沿った行動を取ろうとしたとしましょう。もし、GMがシーン切り替えなどを用いて、シナリオ想定の通りに話を進めようとしたのなら、やり口が強引だと感じることは必至です。何をやっても、結末への道筋が変らないのなら、プレイする意味があるのか、とすら思うかもしれません。


 結局のところDX3は、いわゆるミッション達成型RPGとは異なる目的をもつシステムなのでしょう。
 リプレイ・ジェネシスの第一話でも、ショッピングモールでの戦いとお約束のために、あからさまな情報収集の制限と時間飛ばしが用いられていました。焦点は効率よくハンドアウトの目的を達成することではなく、個々のPCの心の変遷や、PC/NPCのふれあいと、そこから形成される感情の流れをクライマックスへと導くことなのです。
 自分なんかは、できうるならば事件を未然に防ごうと精一杯努力するタイプです。そうでなければ、犯人に対して人命の尊さを説いたり、自分が人々を守ろうとする立場の表明が、行動を伴わないきれい事を並べただけにしか思えず、口にしてもしらけてしまうのです。なので、基本的にダブルクロスで想定されている客層ではないのかもしれない、と寂しい思いに駆られたりもします。


 これはロール・プレイ(どっかの言い方を借りるならキャラクター・プレイ)を軽視しているためではありません。
 むしろ逆です。
 私のプレイスタイルだと、プレイヤーとしてキャラクターを演じている間は、視点も感情もできる限りキャラクターのものとして考えます(メンタリティが人間とあまりにかけ離れている存在はプレイしにくくて仕方ありません)。多くの場合、キャラクター=プレイヤーとなるのです。口にする台詞もそれなりに感情の入ったものとなります。
 だからこそ、目的の遂行に手抜きがあったのなら、嫌というほどそれが見えます。
 そうなると、行動の伴わない格好つけ台詞ほど恥ずかしいものはない、と考えるがゆえに、DX3では盛り上がるはずのクライマックス・フェイズにおける丁々発止のやりとりにも身が入らなくなります。TRPGの経験は短くないため、小手先でそれっぽい台詞を口にすることはできるでしょう。でも、エキサイトするわけでもないし、あんまり面白いとは感じないのですよ。


 以上、時代に取り残されつつある古いTRPGゲーマーの戯れ言でありました。


*追記
 こういうものは勢いで書くべきなので、飛ばしましたが、これはDX3というシステムを誹るものではありません。
 自分で用いるときは、上記用件を満たすべく調整したシナリオを作ればいいだけのことです。ミドル・フェイズを支えるための技能は存在しているわけですし、任務を達成するという目的を与えたのなら、それに見合った運用をすればよいだけの話。エモーショナルな側面を最重視する展開ならば、それを優先して動くようハンドアウトに記載すればいいだけのことです。
 現時点で提示されているシナリオとリプレイを読む限りにおいて把握したスタイルは、自分には合わない気がするってだけで。
 すぐに中庸な意見を書いてしまうあたりが、自分の面白みのなさだと自覚しつつ・・・。