断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

王の道を漫ろ歩く


 新ローズ・トゥ・ロードは、混沌を物語へと踏みかためる魔法使いたちをPCとするシステムです。
 個人的には十分に許容範囲だったのですが、一般的なRPGを逸脱していると見られるだろう箇所も多いやもしれません。
 RPGを知った比較的早い段階でBローズ&変異混成魔術師の夜に出会っていることもあり、僕はユルセルームを愛せずにはいられない性格です。正直、設定パートをパラパラめくっているだけでも幸せな気分になれるため、とても批判めいたレビューなんてできません。
#ツッコミどころは少なからずあるのだけれど
 なので、思いついたことをざっとあげてみます。
 まとまりが皆無でごめんなさい。


 Wローズにおけるキャラクターとは、プレイヤーをもって、物語を語らしめるためのインターフェイスです。
 世界と触れ合うことで変化し、時に新たな自らに気づき、風景や事物と響き合い、1セッションごとに何かを失っていく、そんな常に根本から変転する存在です。
 通常のRPGにおける、キャラクターの連続性や整合性、感情的な繋がりは、Wローズにおいてそこまで意識されないのではないかと推測します。
 彼らによって小さな幾多もの物語が一瞬の光芒を放ち、やがてキャラクター・シートからも消え、プレイヤーのうちに根付かせる。そんな構造のシステムなのです。
 少なくともキャラクターよりプレイヤーの比重が大きいシステムという印象を受けました。


 海外インディ系のGMレス、あるいはストーリー指向の強いRPGと比べてみると、方向性の差異が興味深いかもしれません。
 これらはPC同士の関係や、行動結果が動的にストーリーを紡ぐ構造となっていることがほとんどです。参加者が引き起こす化学反応が、一人では考えつかない物語を生み出すわけですね。
 物語や設定の「隙間」を埋めるアイデアは、新たな側面に光を当てる重要なプレイヤー/GMの行動ですが、それらは展開している物語との深い関わりを持っていたり、理に適ったものです。
 物語の連続性や、キャラクターの相互作用、ピース探しなどは、ストーリー系RPGの中核に位置する要素だと認識しております。


 対してWローズでは、ランダムに導き出した「言葉」と「キャラクター」の関係を、物語として組み立てることが、プレイの基本となります。そのため各々の小さな物語は、個人的で刹那的な傾向を感じます。
 更にそれらの物語が、セッションの大枠である「混沌の呪縛を解き放つ」という物語に、直接的な繋がりをもったり、あるいは解決手段を提供するとは限らない、ことも非常に特徴的です。
 変異混成により、得られた言葉を全く関係のない単語に分解することが、混沌の呪縛を解き放つのに必要な言葉を得る手段となるからです。物語的な繋がりすら超越できるわけですね。
#結果、行動や発言が非常に魔法使い臭いものとなる
 プレイヤー人数を増やすことは、得られる言葉を多彩なものとしたり、キーワードにブレを与ええたり、アイデアを出し合うことでより多面的な見方を与えたりすることにより、物語の意外性を増すことを意味します。けれど、相互作用を促進するルールは見あたりません。
 基本ソロのシステムに、複数ラインを設けている印象が拭えないのです。


 同じように物語を指向しながら、Wローズのアプローチは特殊です。
 プレイヤーの中に眠る物語を引き出す触媒として、膨大な言葉リスト(小説などの本でも代用可能)を用いますが、現れ出た小さな物語をより大きな物語(セッション、キャンペーン)の建設材料として利用することを強要しません。
 もちろん小さな物語が醸し出す雰囲気は、場の空気を形成し、大きな物語に(直接的ではないにせよ)影響をもたらすはずです。しかし、小さな物語は加工されることなく残るのです。
 物語指向RPGでよく行われる、断片的な物語を大きな物語のうねりに組み入れる処理は、他者を自分の物語に介入させることを意味します。個々人が自分の物語に抱いていた印象を少なからず変化させる可能性が高いでしょう。
 Wローズが指向するのは、個人個人の心地よい物語はそのままに、世界をどんどんと広げていく、そんなセッションだと思います。


 この感覚は、幼いときよく弟としていた「ごっこ遊び」と似ています。
 もちろんWローズにはルールがあり、プレイヤーを刺激する手がかりがあり、セッションの目的があるため、ごっこ遊びほど無節操で飽きっぽい代物ではないはずです。
 ただ、どうしてもこの連想を断ち切れません。
 また、師匠が引用している「ワンス・アポン・ア・タイム」的な感覚は言い得て妙でありましょう。


 ああ、あと。
 Role&Roll EXTRA Lead&Read Vol.5に収録されていた、門倉氏の「アヤカシ」リプレイは、おそらくこのシステムを作る切っ掛けの一つであったのではないかと、勝手に予想しております。
 善し悪しは横に置いて、とりあえず「すごい」内容でありました。言葉に対するこだわりと感性が、とても興味深い一品です。