断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

PCの葛藤

 PCが決断を下す際の葛藤は、RPGならではの楽しみだとは思います。
 とはいえ、そこに焦点を絞りすぎると、セッションを台無しにしかねないものでもあります。
 例えば、プレイヤーが延々と悩むだけになってしまえば、楽しいのは該当プレイヤーとGMのみ。他の参加者は放置と言うことにもなりかねません。PCの内面に価値を置くのは大切かもしれませんが、他のPCへの働きかけや実際的な行動を通じて示されるものでなければ、RPGで行う意味合いが薄いものとなるでしょう。
 あるいは、シナリオの中心をなす葛藤の対象PCが、覚悟を完了済みでなんの迷いもなく決定を行い、全く盛り上がらない可能性もあるでしょう。自分も時々やっちゃうけど、設定的にそんなことでは悩む人物じゃなくて、PCは迷いがないのにプレイヤーが頭抱えていたりとか。
 葛藤のもう一つの負の側面として、一度決定したことであっても、決断の現場で再度迷う事態が発生しかねないことがあげられます。この時間浪費はRPGのセッションにおいては、あまり好ましいものではありません。


 ハンドアウトなどの指定を通じて、特定PCの葛藤にシナリオのフォーカスが絞り込まれている以上、その指示に従わないプレイヤーの行儀が悪い、という視点もあるやもしれません。
 個人的にはあまり共感できない考え方ですが。
 「親しい一人を殺すか、無辜の百人を殺すか」という典型的な葛藤スタイルで考えてみましょう。
 ハンドアウトの記載項目はともかく、PCあるいはプレイヤーが実際に感知するのは、セッションを通して伝えられる世界です。親しいはずの一人に、全く共感できないかもしれません。行動の結果、無辜なはずの百人に悪印象を抱いてしまうかもしれません。
 GMがいかに上手く演出しようが、どう感じるかはプレイヤー次第です。世間一般の感覚にかなったことであっても、プレイヤーの美的感覚が受け付けないことだって起こりえるでしょう。


 GMが抱いて欲しかった印象から外れれば、葛藤のための仕掛けは台無しです。
 そんなとき、GMにはPCの感じたことや行動を強要する権利はあるのでしょうか?
 僕は、ないと思います。
 一般に、GMはPC以外の世界の全てについての決定権を持っています。概してルールすら超越する権限が与えられているのです。だからこそ、PC自身とその内側はプレイヤーに任せるべきです。
 それを踏みにじってしまえば、一人芝居をしているも同じです。
#もちろん、働きかけや提案を行うのは問題ありません
#判断主体をあくまでプレイヤーに任せるなら


 なので最近は、

  • 葛藤が起こりうる状況は準備するが、それをシナリオの柱にしない
  • PCの行動をもって葛藤の答えとできる状況でのみ提示する
  • 葛藤が発生した状況に出来る限り他のPCを巻き込む
  • その行動の結果は、いかな善後策を講じようと、不可逆とする

 あたりを意識するようになっています。