断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

Apocalypse Worldのレビュー

 今年後半はメインとして使う勢いで気に入っているのが、Apocalypse Worldです。
 何度か簡単に紹介めいたことをしていますが、今回は実際のプレイも踏まえたまとめ的なレビューを書いてみます。以前の記事と被っているのはご愛敬ということで・・・。

概要

 Apocalypse World(以下ApW)は、文明崩壊後の世界を生きる人々を扱ったRPGです。
 文明崩壊が起きたのは過去50年以内。その本当の原因は明らかではありません。インフラは死に絶え、多くの必要物資が枯渇するなか、人間は小さなコミュニティを形成して細々と命を繋いでいます。荒廃は目に見える世界だけでなく、霊的な世界にも及んでいます。人によって見え方の異なる、心霊の大渦と呼称される精神世界においても、悪意ある存在が吠え猛り危険極まりない地と化しています。


 ApWにオフィシャルな世界設定は存在しません。
 上記の設定を取り込む形でMC(ApWのGM)が基本イメージを練り上げ、プレイヤーがセッションを通して世界に厚みを与えていくのが、基本的なプレイスタイルです。そう、ApWはキャンペーンを指向したシステムなのです。
 PCたちはいつしか世界崩壊の真実に対面するかもしれませんし、無法の世を変革していく立場に立つかもしれません。汚濁に満ちた世界で守るべき美を見いだし、その灯火を維持することに命を賭けるのかもしれません。あるいは、その日その日を精一杯生き延びるのに終始し、世界のなんたるかなぞ一顧だにせず、裏切られて果てドブで腐り落ちるのかもしれません。
 いずれにせよPCたちを通じて世界が創られます。それこそがゲームの目的の一つなのでしょう。


 PCは、際だった人間となります。
 一般の人々の間にいては、嫌でも目立ってしまう存在であり、タフで力量を備えています。と言っても、彼らはヒーローではありません。頭一つ抜きん出ているに過ぎず、油断すればたちまちのうちに、終末の世界の土深く葬り去られるでしょう。
 PCたちは互いにライバルであったり、気の置けない間柄であったり、時には愛し合っていたりします。セッション開始時点では基本的に味方ですが、憎しみや裏切りの念が芽生えることもあるでしょう。彼らが殺し合うことを抑制するルールは存在しません。
 しかし、終末の世界は悪意に満ち、彼らに牙を剥く機会をうかがっています。罵り合いながらも、外界から押し寄せる脅威に共同戦線を張ることも起こりえるでしょう。そういったPC間の人間ドラマもテーマの一つです。
 アメリカの群像ドラマの主人公たちが、彼らを喩えるに最も適切な言葉かもしれません。


 MC(Master of Ceremonies)はApWにおけるGMのことです。
 MCの役割は、一般的なRPGのGMに比べて厳格に規定されています。
 例えば、普通のRPGではGMが大まかな展開を決めたシナリオを書く場合が多いのですが、MCが計画済みの方向へとPCを誘導することは御法度です。セッションがどのように動くかはプレイヤーに委ねなければなりません。
 フロントという、PCたちを取り巻く状況がシナリオの代わりとなります。
 MCの役割を限定的なものにして、それをそれを最大限に生かせる形態でルールを組んでいるのが、ApWの大きな特徴と言えるでしょう。

プレイヤー・キャラクター

 MCが最初に、そしてしばしばにプレイヤーに言うべきこととして、ルールブックにはこのように書かれています。

 君の義務は、キャラクターをリアルな人々であるかのようにプレイすることだ。いかな状況におかれても、彼らは自らがクールで、有能で、危険な人間であることに気がつくだろう。しかし、あくまでリアルに。
 MCとしての私の義務は同様に、キャラクターをリアルな人々であるかのように扱うことだ。そして、終末の世界がリアルであるかのように装うことだ。


 PC用に11のタイプが用意されています。
 PCの作成は、被らないようにこのタイプを1つ選び、後は提示されている選択を決定していくだけで終わります。
 名前や外見的特徴もこの選択肢に含まれており、初見は戸惑うこと請け合いです。


 PCの能力にあたるのは、『クール』『ハード』『ホット』『シャープ』『ウィアード』と抽象的な5種に、Hx(Historyの略)という他PCをどれだけ知っているかという値です。能力は-3から+3の何れかの数値をとり、高いほど有能となります。
 PCは開始時に『基本ムーヴ』というダイスロールを要する行動8種を全て持ちます。これらはセッション内で起こりうるドラマチックな行動を処理するのに用いるルールを内包します。それに加えて、タイプ毎のムーヴを2-3種類所持することとなるでしょう。タイプ毎のムーヴは特殊能力に近く、強烈なものも幾つか含みます。


 所持品もタイプによって異なります。
 カスタム武器を組み立てられるのもあれば、追従者やギャング団、果ては自らの所持する領土を決定するタイプまで存在します。
 これらの選択肢を通じて、PCは強い個性を持つこととなるでしょう。


 PCがだいたい完成したら、順番に紹介を行います。
 この時、他のプレイヤーは紹介中のPCに対して好みの質問を行うことが出来ます。それにより、PCの人となりを知り、あるいは彼の周辺状況をかたどる助けとするためです。
 紹介が終われば、次はHxを決定するフェイズに移ります。これも順々です。
 Hxは選択肢の中から数値を割り振り、与えられた側も(存在すれば)自らの選択肢を用いて、修正を加えることが可能な作りです。Hx決定の選択肢には、他のPCと共有する過去が設定されており、これを通して初期の人間関係が形成されるわけですね。

マスター

 先に述べたように、MCには「なすべきこと」「常に口にすること」「原則」が細かく決められています。それらがゲームのメカニズムの基礎となっています。そのため、一通りは頭に叩き込んでプレイに臨むのが無難でしょう。
 これらの原則は、人によっては全く新しい手法かもしれませんし、人によっては当たり前のことが並べられているに過ぎないかもしれません。自分は後者でした。とはいえかなり徹底されているので、既知のGM手法であったとしても、所々目から鱗だったりします。


 そして、MCが行えるムーヴが、PC同様に定められています。
 語弊を恐れずに表するなら、これらは「PCの次の行動を誘発する、GMからの状況提示」リストです。道理にかなった新たな状況を作り出し、将来の展開に備え仕掛けを行う、プレイヤーの反応を引き出すのです。
 ApWにおいてMCは一切ダイスを振りません。
 それどころか、一般的な意味でのNPCデータすら存在しません。
 MCのムーヴが制限されている理由の一つは、歯止めがなければPCを殺すことが容易だからでしょう。PCを厳しく直接的な環境に追い込むことができるのは、「準備に対してPCが対処しなかった」か「プレイヤーがロールでミスを出した」場合に限られます。

ダイス・ロール

 ダイスのロールを伴うPCの行動をムーヴと呼びます。
 ApWも通常のRPG同様、MCが状況を提示し、プレイヤーがPCのレスポンスを告げるという、対話によってゲームを進めます。そして、PCの行動が基本ムーヴに関わることであったり、タイプ毎のムーヴを用いるものであれば、ダイスを振るのです。
 基本ムーヴについては、どのような行動を取るのかプレイヤーが宣言しなくてはなりません。単純に「『暴力による掌握』を使う」ではなく、「ショットガンをかまえて、突撃してくるならず者に発砲する」などのようにしてください。ロールの結果が次の状況を作り出すため、PCの試みがどのようなものであるかはとても重要なのです。
 基本ムーヴは8種類に過ぎませんが、フレキシブルであり、多種多様なシチュエーションに対応できます。プレイヤーがどのムーヴが適切か判断しかねているなら、MCがサポートすることになるでしょう。


 ムーヴにリストアップされている行動を取るためにダイスを振る(to do it, do it)わけですが、同時にこれは、該当する行動を取るためにはダイス・ロールが不可避(if you do it, you do it)であることも意味します。
 逆を言うなら、ムーヴに当たらない行動を取る際は、行動の妥当性やロールプレイを鑑みてMCが結果を告げる処理をとります。例えば、基本ムーヴでは「真心から説得する」行動は範囲外です。ロールプレイを通して順当と思われる結果をMCが決定することでしょう。思っていたように運ばないのなら・・・「誘惑するか操る」ムーヴを用いてください。リスクは伴いますが、問答無用で望む行動を強要できるでしょう。


 ムーヴの処理は明快です。
 2D6に関連能力を加えてください。
 10以上なら強いヒットとなり、たいてい行動の目的は果たされます。
 7-9なら弱いヒットという扱いで、ことは一部は成功するものの、代償やろくでもない選択を提示されることとなるでしょう。
 6以下はミスです。MCは好みの、厳しく直接的な状況を作り出せます。
 多くのムーヴはリスト化されており、強いヒット、弱いヒット、ミス、それぞれの場合に応じた処理が明記されています。ムーヴを用いた場合はそれに従ってゲームを進行してください。


 ApWにおいては、MCからロールの修正が与えられることはまずありません。
 修正がつくのは、状況を事前に読み取っておくか、他のPCから手助け(あるいは妨害)された場合がほぼ全てでしょう。そのため、他PCと協力しあえる関係を築いておくことはとても重要です。他PCとセックスをしたら得られる効果(通称セックス・ムーヴ)にも修正をもたらすものが幾つか存在します。
 また、他のPCにムーヴを押しつけられた時、抵抗する手段は妨害しかありません。


 さて、ここまで見てきたように、ムーヴは強力ですがリスクも小さくありません。
 だったらムーヴを避けて出来る限りロールプレイのみで動く方が妥当かというと、そうではありません。PCは5つの能力のうち2つを「ハイライト」されています。このハイライトされた能力が関わるムーヴを行った場合、成功失敗に関わらず「経験チェック」がもらえます。
 経験チェック5つで、PCは「向上」と呼ばれる成長を即座(場合によっては次のセッションの開始時)に得ます。自分の得意とする能力でムーヴを行うことは、キャラクターの強化にも繋がるのです。同時にキャラクターの取る行動に方向付けを与えてもいるのです。


 このようにApWのダイス・ロールは、「プレイヤーをして積極的にリスクの伴う行動を取らせること」と「行動に関係して他PCとの人間関係を構築すること」仕組みを併せ持つメカニズムとなっています。

まとめ

 ApWは、インディ系RPGにありがちな一点突破型のシステムではありません。
 特徴は数多いものの、飛び抜けて目を惹くものではないのです。
 なのでデザイナー名から革新的で尖ったゲームを期待するなら、肩すかしを食らわされた気分になるかもしれません。


 その代わり、総合的な完成度はかなり高いと感じました。
 特に、マスタリング手法にかなりつっこんでいる部分や、キャラクターを個性づけ、行動に駆り立てるシステムの工夫はすばらしい。そして、煩雑にはほど遠いルールで多くの状況をリアルに処理できるのです。
 リアルさにこだわる理由は、おそらくプレイヤーにストーリーを考えさせず、キャラクターとして判断させるためです。ApWは物語を作っていくことが楽しみの主眼なのですが、プレイヤーがストーリーを考えつつ動くことにデザイナー氏は否定的です。
 その場その場の判断と行動が積み重なることで、参加者全員の想定を裏切り、時に上回る物語が形成されていくのでしょう。


 加えて、ApWのルールは、それ自体が別のゲームをデザインする上での雛型としての構造を持っています。システムを理解した上で「ADVANCED FUCKERY」の章を読めば、ApWは別のゲームを創る手引きとなることでしょう。
 公式フォーラムには数多くのApWを利用したハックが投稿されており、タイトル毎に別フォーラムを形成しています。少数ですが、既に遊べる完成度に達しているものすらあるのです。
 ApWを利用して新たなRPGをデザインさせることは、デザイナー氏の狙いでもあるらしく、ハックしたシステムを出版する場合の注意書きも投稿されています。
 こういう精神を、僕は非常に高く買います。


 ApWは見た目以上に深みのあるシステムです。
 ポスト・アポカリプスものは日本では珍しいのですが、身構える必要はありません。ルールに従って行動すれば、自然と終末の世界の住人をプレイできます。
 背景世界はSFというよりファンタジーに近いでしょう。ギミックの数々よりも、滅んだ世界でどのように生きていくのか、どのように他者と交わっていくのか、そっちのほうが大切なのです。
 世界観が参加者の好みに合致すれば、システムはすぐ手に馴染んでくれることでしょう。参加者が信頼し合っている環境ならお勧め度は高いです。
 ただし、R指定であり、過剰な暴力や性的な要素を排除することは難しいでしょう。RPGにそういったファクターを持ち込むことに忌避感があるメンバーがいるなら、避けるのが無難かも。