断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

『黄の殺意』再読

 読み返したくなったけど、見つからなかったので古本で買いました。
 文庫にして151ページなんですぐに読めてしまいました。内容は意外と覚えていたけど、割と重要な部分が飛んでいたりと、記憶の当てにならなさを痛感します。


 『黄の殺意』はイギリスの幻想小説の書き手タニス・リーによる中編であり、中世ヨーロッパに類似した世界にある架空の都パラディスを舞台にした連作集『堕ちたる者の書』に収録されています。他に収録されている2作品は今ひとつなのですが、『黄の殺意』だけは異常な完成度を誇っています。


 これは、義父に強姦され唯一心許せる存在である弟を頼って、退廃の都パラディスへと田舎から逃げ出してきた少女ジュアニーヌの話です。やがて彼女は尼僧院に身を寄せますが、底知れぬ悪意を宿した侏儒に導かれ、夜ごとに男装して盗賊団を率い、悪逆非道の限りを尽くしていきます。
 退廃とエロスに満ちた雰囲気の中で、聖なる存在と邪なる悪魔、男と女、そういった対になるものが何度か反転し、やがてグロテスクでありながら崇高なる結末へと至ります。


 初めて読んだのは大学一回生の時であり、同じ時期に読んだ同作者の『闇の公子』に始まる<平らな地球シリーズ>と共に、自分のファンタジー観を大いに歪めた傑作です。この辺のにはまってなければ、『深淵』をメインのシステムにするということはなかったかもしれません。<エルリック・サーガ>がファンタジーにおける影を教えてくれたのなら、タニス・リーの諸作は闇を教えてくれました。それも、暖かで、魅惑的で、気まぐれな残酷さを伴う、自分の奥底にもある闇を。
 まー、若い頃に歪んでしまうと、私みたいにろくな人間に育たないということですな。
 傑作には間違いないけど、若い人に勧めるものじゃないかも。