断片の物置、跡地

記憶の断片が散乱するがらくた置き場

提供する物語の許容範囲(書きかけ)

 風邪でふらついているのもあり、思いつきをメモとして投稿します。気が向いたら真面目に書くかもしれません。また、あくまでTRPGのストーリーを遊ぶという一面を切り取った話です。他の遊び方を否定しているわけではありませんので誤解無きようお願いします。


 RPGにおいてはゲームマスターがプレイヤー・キャラクターたちのおかれている状況を提供します。そして、セッションの目的、あるいは落としどころもシナリオ作成時にだいたいは決まっているはずです。例えばセッション開始時に与えられるものだけでも、目的と材料だけ用意して道はPCに作ってもらうもの(「工場の生産を妨害してくれ。破壊的なものは認められないが、それ以外なら方法は任せる。」など)から、PC各人の設定や動機まで細かく作られている(「君たちは国を取り返すために姫君を旗頭に戦っている。PC1はその姫君。PC2は彼女をにくからず想う騎士。PC3は彼女を暗殺すべく差し向けられた密偵。詳細は任せる。」など)上で人間ドラマや重大な決断を委ねるものまで、様々です。
 では、GMによるこれらの想定のうち、プレイヤー・キャラクターを規定するものは、どこまで許容されるものなのでしょうか?
 たとえば「PCたちは邪悪なる帝国の臣下。しかし、シナリオ中に巻き込まれた事件で帝国の非道さを目にし、裏切る決意を固る。そしてクライマックスで帝国の企みを見事打ち砕く。」という想定でシナリオを作成するとします。しかし、PCによっては、帝国に強い忠誠心を持っていたり、非情な行いも明日の平和のためには致し方ないという考えを抱いているかもしれません。そういったPCは事件を経ても帝国への忠誠を保ち続けるでしょう。そうなれば、クライマックスやそれ以前でPC間の争いが発生したり、分裂してセッションが停滞したりする危険があります。
 シナリオ内容を予告するという手法で、プレイヤーに進むべき道を示すことが可能なのは承知しています。しかし、個人的にはその方法は好きになれません。なぜならRPGの大きな楽しみの一つは、プレイヤーの判断と決断が「想定外」の方向へと伸びていく事にあると考えているからです。そもそも「お約束」の名のもとに、見え見えの操り糸を取り付けるのは興ざめです。どうせやるならもっと巧妙な手段を考えるべきでしょう。
 この辺りに垣間見える境界が、TRPGにおいてGM側から提供可能なストーリーテリングの一つの限界であると考えます。これを乗り越えるための手段は、ゲームマスターによって異なるでしょうし、それこそがそのGMの味となっていくのでしょう。
 一歩間違えれば危険な道でもあります。ただ、自分の提供するストーリー以外を許容できないゲームマスターは、RPGは自分の求めていた表現手段ではなかったと気がつき去っていくことでしょうから、長い目で見ればそこまで問題ではないのかもしれません。


 気が向いたらまた書きます。